カトリック新聞に目を向けよう
カトリック新聞社 担当司教
菊地 功
4月27日は、第42回世界広報の日です。この日は、第二バチカン公会議『広報機関に関する教令』の呼びかけによって制定されました。教令はメディアの使用と所有の権利は、人間の尊厳を守るために欠かすことのできないものとし、広報の積極的な推進を促しています。
日本における現状はどうでしょうか。過日カトリック新聞が全国の信徒対象に実施したアンケートによると、カトリック系の出版物の購読はかつてないほど低調になってきており、活字が信仰生活から離れていっている現状が浮かび上がりました。
日本の教会の歴史を振り返ると、天正少年遣欧使節を実施した巡察師ヴァリニァーノは、その帰国(1590年)の際に日本に初めて活版印刷機をもたらし、『どちりなきりしたん』などの多くの印刷物が日本の福音宣教を支えました。まさに、当時の日本の教会はメディアを所有していたのです。しかし、キリシタン弾圧の強化とともに、教会のメディアは失われました。それは、言論と思想・信条の自由が奪われた結果でした。
キリシタン禁制の高札が撤去された後も、明治から第二次世界大戦後に日本国憲法が制定されるまでは、日本には条件付の信教の自由しかありませんでした。それでも、日本の教会は再びメディアを手にした喜びを爆発させたかのように、新しい出版物を次々と発行していきました。そして、その中に現在の『カトリック新聞』へと発展していく『公教青年会会報』(1921年創刊)があったのです。これは、宣教師や修道会が日本で始めたメディアではありません。日本の信徒が生み出し、発展させたメディアです。その意味で、日本の教会の歴史の中で特筆すべき出来事といえます。ところが、日本の軍国化と言論統制が進む中、1945年2月21日、この貴重なメディアは休刊の憂き目に会いました。またも、メディアを失ったのです。しかし、終戦のわずか3ヶ月後に、日本の教区長たちは、このメディアを復活させることを決議し、翌年2月10日、現在の『カトリック新聞』が発行されました。その後、曲折はあったものの、全国の信徒の皆様に支えられ、今年創刊85周年を迎えるに至りました。
この日にあたり、わたしは、まず、日本の教会に新聞というメディアをもたらした当時の信徒の皆様に感謝します。さらに、終戦直後の困難な状況にあったにもかかわらず、一時中断した新聞の復刊を決断した当時の教区長たちに感謝します。困難な中、新聞の発行と販売を引き受けてくださった聖パウロ修道会に感謝します。購読というかたちでこのメディアを支えてくださった多くの読者に感謝します。そして、何よりも、皆様とともに、日本の教会に『カトリック新聞』を与えてくださっている神に感謝したいと思います。
今『カトリック新聞』は購読者の高齢化や若い世代の活字離れなど大きな課題に直面しています。カトリック新聞は日本のカトリック教会(信徒)を結ぶ唯一の全国的な教団紙で、情報を共有し、連帯感を深め、信仰生活を支える大切な媒体と確信しています。紙面については今後とも充実・刷新をはかり、カトリックメディアの使命に応えるため努力をしていかねばならないと承知していますが、皆様方のご支援なしには継続して発行することができません。
世界広報の日にあたり、あらためてカトリック新聞に目を向けていただき、新聞を支え、育ててくださいますよう、お願い申し上げます。
主とともに |