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今週の記事1本

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阪神淡路大震災
「あの日」から25年 祈りと課題

 阪神淡路大震災から25年。今年も「1・17 追悼と新生の祈り in(イン) たかとり」が1月17日の午前5時半から神戸市長田区のたかとり教会で行われ、全日本仏教青年会の僧侶や、住民、支援団体の関係者ら約150人が参加した。
  全員で聖歌を歌った後、聖書を朗読し、発災時刻の午前5時46分には、金峯山寺(きんぷせんじ)(奈良県吉野町)の修験者(しゅげんじゃ)がほら貝を吹く中、全員で黙祷(とう)した。僧侶による読経などもあった。
  講話を行った同教会担当の神田裕(ひろし)神父(大阪教区)は、震災から25年ではなく「9131日たちました」と語り、震災の中で共に生きてきた人々の9131通りの毎日があったことを心に刻み、明日につなげていきたいと結んだ。
  続いて、「(希望の源は)自分の隣にいる人々との出会いそのものでした」などと、震災後の「追悼と新生」への思いを込めた「宗教者による神戸メッセージ」を全員で読み上げた。同メッセージは、神田神父ら諸宗教者有志が1998年に発表したもの。
  集いの後、教会ホールでは、信徒らが手作りした、震災後の炊き出しに由来する温かい豚汁が振る舞われた。
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  たかとり教会では震災以降、毎年1月17日に祈りの集いを行っている。続いてきたのは、同教会が“地域に開かれた”ことがきっかけだ。
  たかとり教会は、大震災で聖堂が全焼。当時、同教会を担当していた神田神父の下、教会は救援基地となり、住民や支援関係者が集まるようになった。
  高齢者や外国籍の人々との関わりは、その後も住民の必要に合わせて教会敷地内を拠点に継続。1月17日の祈りにも毎年、支援関係者や住民が参加してきた。
  僧侶が加わったのは、震災から5年がたつ頃。震災後、地元の諸宗教者と活動するようになっていた神田神父が、当時の神戸青年仏教徒会の理事長との話の中で、「1・17」に合わせて全国から集まる諸宗派の僧侶と共に祈ることになった。
  同会前理事長の矢坂則人さん(臨済宗僧侶)は、マスコミは「1・17」を「防災の日」と報じ始めているものの、苦しみを「やっと語り出した人もいるはず」。17日の祈りは、背中で次世代に祈りを伝える場でもあるが、宗派や宗教の違いを超えて祈るこの集いは貴重と話す。
  この集いについて、教会には課題もある。
  今年の参加者のうち、たかとり教会の信徒が約1割だったことについて、同教会副議長の空閑(くが)千秋(ちあき)さん(69)はこう語る。
  「毎年1月17日が近づくと、震災を思い出すのが嫌で神戸から出る人もいますからね…。私は今回、参加して良かったけれど、実は20年以上ぶり。きっかけは副議長になったからです」
  現在、同教会の主日ミサに参加する300人中、日本人は約30人で、大半はベトナム人。
  ベトナム出身のトラン・ティ・バンさん(64/同教会)は、大震災で自宅の下敷きになった夫が地域の人に救出されたことを今年の集いでも「神に感謝」したが、参加者が年々少なくなっていて「残念」だと言う。
  ベトナム難民として来日し、被災したツエット・秋山ゆきさん(48/同)は、「1・17」の意味が次の世代に受け継がれるか不安があると話す。
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  1月16日午後、たかとり教会に、翌朝振る舞う豚汁作りのため10人ほどが集まった。メンバーは、同教会の信徒7人と、教会内のNPO(特定非営利活動)法人たかとりコミュニティセンターの若者たち。
  毎年、豚汁作りをしている大見(おおみ)昭子(あきこ)さん(79)は、「(豚汁作りには)いろんな仲間がおってな、以前は近所の人も来て楽しかった」と目を細める。
  大震災で経験した人との温かい関わりが自分の「原点」だという橋本千景(ちかげ)さん(60)は、「当時は皆、心の“壁”が無かった。それを忘れないためにも、毎年豚汁を作っています」と話した。
 

 




「1・17」の朝に振る舞う豚汁を作るため、たかとり教会に集まった人々

 

 

 

 

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