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今週の記事1本

こちらでは、カトリック新聞に掲載されている記事を、毎号につき1本お読みいただけます。



核兵器禁止を「カテキズム」に
教皇の機中記者会見

 

核兵器の保有も倫理に反する

 教皇フランシスコは11月26日、タイと日本歴訪後のローマへ帰還する特別機上で、ほぼ1時間、記者会見を開き、核兵器禁止と核エネルギーの使用、西洋と教会が東洋から学ぶべきことなどについて質問に答えた。
  教皇は核兵器について記者団に、24日の長崎・広島訪問で述べたことを繰り返し、「核兵器の使用は倫理に反しています」と語り、「これは『カトリック教会のカテキズム』に加えなければなりません。そして、使用だけでなく保有も同様です。というのも、事故が発生するか、または見境のつかなくなった政府があれば、誰かの狂気の沙汰によって人類が滅亡してしまうこともあり得るからです。アインシュタインが言ったことを思いだしてみてください。第4次世界大戦はこん棒と石で戦われることになるというものです」と付け加えた。

 

原発の安全性 「個人的に」否定

 原子力発電所について、教皇フランシスコは東京では、日本司教団が2011年の福島第1原発事故の炉心溶融と水素爆発、放射性物質の放出などを受けて、16年に原発の廃止を訴える『今こそ原発の廃止を』を発表したことを指摘したにとどまっていた。
  朝日新聞の記者は、さらに踏み込んだコメントを求めた。
  教皇はこれに応じ、「核エネルギーの使用には(安全上の)限界があります。私たちは、いまだに完全な安全性を確保できていないからです」と答えた。
  「これは私の個人的な見解ですが、私なら、完全に安全でない限り、核エネルギーは使いません。大災害を起こさないと保証できる十分な安全性がないからです」と教皇は付け加えた。
  さらに、原発事故はまれで他の発電手段にも事故の危険はあるとして、核エネルギーの使用を肯定する意見があることについても触れた。
  教皇フランシスコは原発事故の影響は他の事故のものをはるかにしのぐとして、1986年に旧ソ連・ウクライナ共和国のチェルノブイリ原発で起こった炉心溶融で、いまだに広大な地域が居住不可能になっていることを指摘していた。

 

国連安保理の拒否権にも異議

 教皇フランシスコは2017年11月10日に核兵器保有が倫理に反すると初めて語った際に、特に核保有国から批判を受けていた。
  教皇は「武装しながら偽善」を働く国家を非難し、伝統的にキリスト教国家とされる国々が「武器を売りながら平和を語っています。これは偽善です」と強調した。
  教皇は国連の世界での働きを称賛しつつも、少数の「安保理」の国家だけに拒否権を与えている制度について批判した。
  「誰かを攻撃するつもりはありませんが、(国連)安保理について考えてみてください。武器についての問題があって、敵対的な行動を防ごうと多数の国々が決議案に投票しても、1国が拒否権を行使すれば、全てが止まってしまいます」
  拒否権を持つ安保理の常任理事国は、英国と中国、フランス、ロシア、米国で、いずれも核弾頭を保有している。
  「国連は一歩前に進み、一部の国家の拒否権を取り上げるべきだという意見を聞いたことがあります。全ての国家に同等の権利があれば、どんなにか素晴らしいでしょう」と教皇フランシスコは語った。

 

東洋の「詩的感性」 西洋は学ぶべき

 教皇フランシスコは「西洋はもう少し詩的に振る舞うこともできるはず」だと考えていて、アジアはそのための模範を示せると思うと語った。
  カトリック新聞が教皇への同行取材を依頼した山元眞(まこと)神父(福岡教区)の質問に答えた。
  山元神父の「西洋の教会と社会は、東洋の教会と社会から何か学ぶことがあるでしょうか」との問い掛けに、アジアの人生に対する観想的アプローチが西洋にも必要だと教皇は答えた。
  「『lux(ルクス) ex(エクス) Oriente(オリエンテ),ex(エクス) Occidente(オクシデンテ) luxus(ルクスス)(光は東洋から、ぜいたくは西洋から)』と(ローマのことわざを)言い換えることができるでしょう。光は東洋から、ぜいたくな消費主義は西洋からのものです。ここに東洋の知恵があります。知るためだけの知恵ではなく、時と観想についての知恵なのです。それは私たちの西洋社会にとって大きな助けとなります。常に急ぎすぎている社会が観想を学ぶのです。立ち止まり、事柄を詩的な目で見つめるのです。これは個人的な意見ですが、西洋はもう少し詩的に考えることもできると思います」
  教皇はこう続ける。
  「東洋はある事柄をはるかかなたを捉えた視点で見ることができます。ここで超越≠ニいう言葉は使いたくありません。東洋の幾つかの宗教には超越性という観念がないからです。超越性には触れずに、内在の限界を超えた視点で見るのです。それで、根拠はありませんが、私は『詩的』というような表現を使います。断食と悔い改め、東洋の賢人たちの知恵を読み取ることによって、人としての完徳を求めるのです。私たち西洋人にとって、しばし立ち止まり、知恵に時間を充てることは有用だろうと私は信じています」

 

死刑問題とは 「闘い続ける」

 教皇フランシスコは、1966年に静岡県で一家4人が殺害された通称「袴田(はかまだ)事件」で冤罪(えんざい)にもかかわらず死刑が確定し、再審請求中の袴田巌(いわお)さん(83)が東京ドームでのミサに招待され、参列していたことについて、共同通信の記者から質問を受けた。
  袴田さんとの面会の予定はあったのか、『カトリック教会のカテキズム』改訂の直前に日本では13人もの執行があったが、訪日中に死刑についての言及はなかった。安倍晋三首相との会談で、死刑について話す機会はあったのか、などと記者は教皇に問い掛けた。
  教皇はこれに答えて、「その(袴田さんの)死刑判決についての件は後で聞いたのです。私はその方を存じ上げませんでした。首相とは多くの問題について話しました。裁判制度や、死刑にしても終身刑にしても、終わりのない刑期、などについてです」と語った。
  「死刑は執行されてはいけません。それは不道徳です」と教皇はあらためて強調し、「私たちは死刑の問題と腰を据えて闘っていかなくてはなりません」と続けた。
  良心に従って死刑を廃止したり、執行停止したりする国も多い中、「幾つかの国々はこうした人道的な考え方を取り入れるまでに至ってはいないのです」。

 


                 東京からローマへの機中で
           記者からの質問に答える教皇フランシスコ(CNS)        

 

 

 

 

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